戦後を振り返って|1945年(昭和20年)

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この年8月14日、日本はポツダム宣言を受諾し、
連合国軍による占領を受け入れた。


8月30日には最高司令官マッカーサーが厚木飛行場に到着し、
本州だけで11万人の連合国軍が上陸し任務にあたった。


マスコミはいつの頃からか、”敗戦” を、”終戦” と言い出し、
”占領軍” は、”進駐軍” という言葉にすり替わっていった。


現代に続く曖昧さ、言葉のすり替えの始まりと、
言えるかもしれない。


しかし、そうした中、人々の変わり身の早さは、
現代に生きる私達に多くの教訓を残している。


例えば9月にはラジオで、「実用英会話」放送が始まり、
年末に発刊された「日米会話手帖」は、ミリオンセラーとなっている。


ほんの1か月前までは、”鬼畜米英” といい、
敵の言語は禁止していたのが、嘘の様である。


そうした教育を植え付けられていた子ども達が、
「ギブミー、チョコレート」と叫び、米兵と仲良くなり、
基地の周辺では若い女達が、米兵の腕にぶら下がった。


作家もまたしかり。


戦時中、朝日新聞に、『海軍』 を連載していた、
獅子文六は、夫がありながら浮気に憧れる女性を主人公にした、
『自由学校』 を発表した。


生きるためというだけでは納得しがたい、変わり身の早さである。
それを民主主義と呼ぶのであればかなり曖昧なものでしかない。


そうした部分もありながら、敗戦後の日本を生きた人々が、
力の限り這い上がってきて今日を築いたことには、疑いの余地はない。


戦後70年を迎えた節目の年に、当時のことを再検証し学習することは、
現代に生きる私達にとって、今後の日本社会を展望する上で、
立つべき位置を示唆してくれることだろう。





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